<みんなに聞くvol.04>〜あなたの体のボスはあなた、誰とも争わず上手に生きて〜

『みんなに聞く』シリーズは、LGBTQ+の当事者もそうでない人も気軽におしゃべりできる「みんなの居場所」に集う人たちの声をお届けしています。

第4弾は、産婦人科医の藤田圭以子(ふじたけいこ)さん。

女性のための場所と思われがちな産婦人科で、LGBTQ+当事者の悩みに寄り添う医療を実践しています。

全国のLGBTQコミュニティやイベントを巡り、当事者の見えにくい声を聞き続ける藤田さんに、医療現場の現状や未来への思いを伺いました。

インタビュアー:ポスワンのカノ―( https://poswan.com/ )

きっかけは「制度の壁」

藤田さんがLGBTQ+医療に関心を持ったのは、2000年ごろ。不妊治療に携わる中、女性カップルから人工授精(AID)の相談を受けました。しかし当時は「婚姻関係にない人は治療できない」という制度がありました。

「一度『院長に確認してみますね』と伝えたときの彼女たちの笑顔と、その後お断りしたときの失望の落差が忘れられません」

この経験が、藤田さんの原点となりました。

現場での気づき

その後何度か、性別移行を希望するトランスジェンダー男性の別適合手術(俗にいう性転換手術)に立ち会う機会がありました。

「医療者として、目の前の人がどんな苦しみを抱えているのか知りたい」と思い、悩みを聞くようになったそうです。

「悩みを聞き続ける中で、トランスジェンダーの方々は社会に自身の体の性別を知られないで生活することを望み、相談すること自体を諦めているケースが多いことに気づきました」

結果として、医療者の知る機会がほとんどなく、LGBTQ+への知識不足につながっている悪循環を引き起こしている、と藤田さんは考えました。

「胸の除去や性器の手術は医療倫理に反する」と上司に一蹴されたときは、やるせなかったと振り返ります。

こういった経験を経て、来院する当事者からの意見だけでは足りないと感じた藤田さんは、全国のLGBTQ+のイベントやコミュニティを巡るようになりました。

「あなたの体のボスはあなた」

医療従事者として、LGBTQ+への理解を進める藤田さんですが、戸籍変更や法律のためだけにホルモン療法や手術を選ぶことには慎重だといいます。

「一番大切なのはあなたが幸せになること。ホルモン療法や手術は選択肢の一つで、必須ではありません。副作用もありますし、あなたの体のボスはあなたです。自分の希望と幸せを大切にしながら、心身ともに健康を目指してほしいです」

藤田さんが、そういうのには理由があります。

それは、様々なネガティブな声の存在です。ホルモン療法をしていない人を貶める声、様々な事情で治療を断念した人を非難する声、LGBTQ+の当事者同士で別のセクシュアリティや考え方を否定する声を藤田さんは何度か耳にしました。

その声に影響を受けた末に、体に合わないホルモン療法を続けたり、手術をしたりして苦しむ人を見てきたからこそ、慎重に考えるべきだと藤田さんは訴えます。

「一人ひとり体も心も違う。ありのままを受け入れてくれる場所で、自分の在り方を決めていくのが必要です」

MixRainbowとの関わりで見つけた新たなやりたいこと

2020年、MixRainbowのみのり理事長と元々知り合いだった藤田さんは、立ち上げメンバーとして設立に関わりました。

現在は監事を務めているといいます。

「MixRainbowは、セクシュアリティの違いや当事者・非当事者を越えて温かい交流がある、バランスの良い団体です。『みんなの居場所』にも時々参加し、様々な人の話を聞いています」

医療との上手な付き合い方

「病院は、良くも悪くも病気を治す場所です。悩んでいるトランスジェンダー当事者にとって、必ずしも問題が解決する場所ではないんです」

医療の枠組みでは解決できない悩みも多く、カウンセリングには十分な時間を割けない現実もあります。

「病院以外の場所でじっくり話せる場所を見つけることが大切です。病院に来た時点で、ある程度自分の希望や方針が固まっていると、より納得のいく選択ができるはずです」

ちなみに、藤田さんは行政の依頼を受ける際は、相談時間をなるべく長く取るように心がけているそうです。金銭的な制約や勇気が出ずに病院に行けない人は、そのような相談できる場所を探すのも方法の1つかもしれません。

無知が距離を生む医療、そして本当に大切な「支え方」

「医療現場では、何気ない言葉が患者さんを傷つけてしまうことがあるんです」

藤田さんによると、無自覚な一言が思わぬ痛みを与えることも少なくないといいます。

たとえば、産婦人科で「ご主人はご存知ですか?」と尋ねてしまう場面。しかし実際には、パートナーが女性の場合もあるんだそうです。

その場で指摘してくれれば分かりますが、中には「ここの病院は理解がないんだな」と理由を言わずに病院を変える場合もあるといいます。

誰もが安心して受診できるよう、「ご家族の方」など配慮ある言葉選びをすれば、無用に傷つけることは減るのかもしれません。

また、産む人を支える存在についても、性別や年齢にとらわれる必要はないそうです。

家族の形が多様化している昨今、必ずしも支える存在が異性愛者の男性パートナーだとは限りません。それはLGBTQ+に限った話ではなく、例えばシングルマザーと、その親の場合もあるでしょう。

「産婦人科に勤務時、年齢の離れたパートナーの男性を(新生児から見て)おじいちゃん、と呼んで怒らせてしまったことがあります。多様な家族がいることを分かっていたはずなのに、不快な思いをさせてしまい反省しました」

性別や家族のかたちを決めつけず、一人ひとりに寄り添う医療を目指すことが、医療との距離を生まない方法だと藤井さんは語ります。

今後の抱負

藤田さんは、「保健室の先生」のような相談窓口になれたらと願い、今後も現場の声を伝え続けていきます。

「困っている人がいるのに、医療が応えられていない現状があります。知らないことで傷ついたり傷つけられたり、中にはそれが溝となり争いにつながることもあります。
だからこそ、誰とも争わず、上手に生きていくための知恵や工夫を、これからも伝えていきたいと思います」

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<取材協力>
藤田圭以子

執筆時点の勤務病院
糸氏医院( https://itouji-clinic.com/ )

MixRainbowでもコミュニティがございます。
当事者も、そうでない方も、月に一度の会にぜひお越しください。
『みんなの居場所』( https://www.mixrainbow.jp/event/ )